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シリアルキラー(連続殺人犯)の血を受け継いだ子供達

シリアルキラーの子供達の人生とは。

シリアルキラー(連続殺人犯)の血を受け継いだ子供達
連続殺人犯の子供はどのような人生を送っているのか。(David Goehring)

シリアルキラーの子供達

猟奇的な犯行を行い、多くの者達を恐怖に陥れるシリアルキラー(Serial Killer)。

彼らは我々には理解し難い存在でいわゆる異常者であるが、この世にはそんな彼らと結婚し、更には彼らの血を受け継いだ子供が存在するという事実がある。

普段の社会では見ることも知る事も少ない彼らの子供達は、一体どのような生活を送っているのだろうか。

(本文前に)簡単な3行まとめ

  • シリアルキラーでも結婚している者が存在する。
  • それに加え自身の血を持った子供がいるという事実もある。
  • ただし、子供らは彼らと全く同じでは無く多種多様。

8人の女性を殺害した男の子供

逮捕当時のキース。
逮捕当時のキース。(Wikipedia)

キース・ジェスパーソン(Keith Hunter Jesperson)は90年代にアメリカで発生した連続殺人事件の犯人である。

カナダ系アメリカ人のキースは普段トラックの運転手として生活していたが、その裏では8人の女性が彼によって殺害されていたという(ただしキース本人は160人を殺害したと主張している)。

彼は検察やメディアに対しての手紙にスマイリーマークを多用していたことから『ハッピーフェイスキラー(Happy Face Killer)』という別名で呼ばれていたようだ。

彼は1995年3月30日に逮捕され、8人の女性を殺害したとして3回の終身刑を命じられた。

以降、彼はオレゴン州刑務所で服役していたが2009年に再び殺人で起訴されたことにより、南カリフォルニアに送還されている

服役からしばらく経過したキース。
服役からしばらく経過したキース。(oregonlive)

8人を殺害したキースだが、そんな彼にも子供がいた。

キースは1975年、20歳の時に妻となるローズ(Rose Hucke)と結婚し、その後2人の娘と1人の息子を授かった。

だが夫妻は90年に離婚が成立し、そして95年にキースは殺人犯として逮捕された。

その後、母のローザは父が殺人罪で現在刑務所にいる事を娘の1人であるメリッサ(Melissa)に話す。

その時メリッサはまだ高校生だった。

以後、メリッサは父の秘密を何年も隠し続け、身元が明らかにならないようにした。

取材に応えるメリッサ。子供の頃は良かったと話す。(These Were Really Good Memories)

しかし彼女が21歳の時、将来の夫であるサム(Sam Moore)にその秘密を打ち明ける。けれどもサムは「何も心配していない」と話した。

その言葉を聞いて安心したメリッサは、世界に対してこの秘密を打ち明ける事を決心した。

それから彼女はShattered Silence: The Untold Story of a Serial Killer’s Daughterと題した本を発表し、彼女は自身と同じ境遇となっている連続殺人犯の親族達の代弁者となった。

殺人犯から生まれた子供として世界に打ち明けたものの、メリッサとサムはキースとは距離を置くようにしており、およそ10年は彼の事を見ていないという。

キースは子供達に手紙を出しているようだが、メリッサはその手紙を読むことはない。

父と共に犯罪に手を染めた息子

ジョセフのインタビュー。
ジョセフのインタビュー。(Joseph Kallinger)

ジョセフ・カリンジャー(Joseph Kallinger)は3人を殺害し、4つの家族を拷問した犯罪者である。

彼は当時13歳だった息子、マイケルと共に犯罪を行っていた。

ジョセフは幼少期から親が離婚(夫が一方的に追い出した)しており、その後は里親に拾われていたが、彼は里親からアイロンで火傷を負わせられるなどの酷い暴行を受けるなどの過去があった。

これによる影響でジョセフの人格に変化が起きる。

それからしばらく経ち、ジョセフは2度の結婚で合計7人の子供を授かっていた。

しかし、ジョセフは自身の子供達に幼い頃里親から受けていた虐待と全く同じ行為を行い、1972年に児童虐待の罪で逮捕された。

彼は刑務所で妄想型統合失調症と診断され、医師は彼の家族にジョセフの様子を見ておくよう薦められていた。

だが2年後、ジョセフの息子の1人であるジョセフJrがジョセフとマイケルによって溺死させられる事件が発生した。

ジョセフのインタビュー映像。(Joseph Kallinger)

1974年7月には6週間をかけてフィラデルフィア、ボルチモア、およびニュージャージー州にて2人は犯罪行為を繰り返した。

彼らはそこで強盗暴行や性的暴行を行い、4つの家族が被害に遭った。

更に2人はセールスマンのフリをして各戸を訪問。3人が彼らに襲われて命を奪われた。

1975年1月8日にはニュージャージー州での暴行の際、寝たきりの家族を確認するために家へ入った看護師を殺害している。

これまでに何度も繰り返された犯行だが、目撃者の証言や物的証拠で2人は特定され、ついに逮捕される。

指名手配時のジョセフと息子の似顔絵。
指名手配時のジョセフと息子の似顔絵。(madison)

ジョセフは逮捕当時「神が殺害するよう私に命じた」と主張し、精神異常者であることを懇願していた。

しかし1976年10月14日、ジョセフは刑務所への服役を宣告される。

一方のマイケルは父親の制御下にあると判断したため、少年院への移動を命じられた。

それから数年、マイケルは21歳の時に少年院から出所するが、彼は名前を変え、国外へと移動した事が明らかになっている(現在も行方不明)。

なお、ジョセフは1996年3月26日に心不全が原因で既に死亡している。

ロシアで最も悪名高き連続殺人犯の息子

毛髪がある頃のアンドレイ。
毛髪がある頃のアンドレイ。(Wikipediai)

2009年、ユーリー・オドナチェヴァ(Yury Odnacheva)はウクライナにて知人を数回刺したとして殺人未遂の容疑で逮捕された。

彼はロシアで最も悪名高い連続殺人犯であるアンドレイ・チカチーロ(Andrey Romanovich Chikatilo)の息子であり、数年前に姓をOdnachevaに変更していた。

当時39歳だったユーリーは仕事で知人と共にウクライナ東部の都市、ハルキウ市へやってきていたのだが、何らかの理由で知人の腹部をナイフで刺す犯行に至った。

刺された知人は逃げた後にすぐに救急車を呼ぶが、出血多量で命の危険があったために集中治療室(ICU)へと運ばれた。

しかし幸いにも回復までに時間はかからなかったようだ。

ユーリーは今回の事件以外にも盗難や恐喝で有罪判決を受けていたとのこと。

アンドレイが発した狂気の笑み。
アンドレイが発した狂気の笑み。(freeinfosociety)

彼の父であるアンドレイ・チカチーロは世界でも有名なソビエトのシリアルキラーであり、1978年から1990年の間にソビエト国内で最低でも52人を殺害したと考えられている。

精神が常人と逸脱しており、犠牲者の体をナイフ等で傷めつけることで興奮を得ていたとされる。

犯行も猟奇的であり、遺体を著しく損壊させたり、一部部位を食べるなども行っていた。

アンドレイの狂気の犯行はソ連国家保安委員会(KGB)までもが捜査に加わるほどだったという。

当然ながら彼には死刑宣告(銃殺刑)が下されており、1994年2月14日にロシア南部のノボチェルカスク刑務所にて銃殺され死亡した。

アンドレイに殺害された者達。(In Memory Of Chikatilo’s Victims)

アメリカ最大規模の連続殺人犯の息子

普段は良い父を演じていたというゲイリー。
普段は良い父を演じていたというゲイリー。(Wikipedia)

ゲイリー・リッジウェイ(Gary Ridgway)は、1982年から1998年の間に48人もの女性を殺害したアメリカ最大規模の連続殺人事件の犯人である。

彼は殺害後、遺体をアメリカ、ワシントン州のグリーンリバーに流していた事から、グリーンリバーキラー(Green River Killer)と呼ばれていた。

ゲイリーは1949年にアメリカ・ユタ州、ソルトレイクシティのとある家族の次男として誕生したが、両親の暴力が耐えない家庭だったという。

また彼はIQが82と低知能指数であったことから学校でも成績は良くなかったようだ。

ゲイリーは何人もの人々を殺めた恐ろしい連続殺人犯であるが、家庭では息子に決して怒鳴ることのない、大人しくて良い父親を演じていたという。

彼の息子、マシュー(Matthew)はゲイリーの犯行について全く覚えがないと話しており、グリーンリバーでの殺人の話を本人から一度も聞いたことは無かったとのことだ。

マシューによると父は普段から息子である自身のサッカーや野球の練習に参加し、学校でコンクールが開催されると鑑賞にやって来るなど、息子の目には良き父として映っていた。

しかし驚くべきことにゲイリーは息子が近くにいる時にでも犯行を行っていたようで、1982年7月には二人でドライブ中、マシューがトラックで眠っている間にゲイリーは女性を殺害し、その後は死体と交わっていたという。

なお、ゲイリーは犯行前に息子の写真を自室に飾ることで精神の安定を図っていたようだ。

DNA捜査による調査の結果、ゲイリーは2001年11月30日に逮捕され、これまでにまだ見つかっていない遺体の場所を供述することを条件に、死刑から仮釈放無しの終身刑となった。

ゲイリーへのインタビュー。(Gary Ridgway: Interview with the Green River Killer)

彼の息子であるマシューは2015年で21歳を迎えた。

現在彼は結婚しており、カリフォルニア州にて新たな生活を送っている。

マシューは父について「普通のお父さんである以上の考えを持っていなかった」と話しており、現在でも父が殺人者であることに実感が無いように見える。

また彼によると、逮捕された2001年にもゲイリーが自身を子供の頃のように笑わせようとしていたとも話していた。

狂信者で殺人者でもある父親の娘

マイケルとスーザン。
マイケルとスーザン。(unknownmisandry)

マイケル・カーソン(Michael Carson)およびその妻スーザン(Suzan)は1980年初頭にカリフォルニア州で魔女狩りと称して3人を殺害した夫婦である。

ジェームズ(マイケルの本名)は一度目の離婚後にスーザンと出会い、その後再婚するが、同時に薬物に手を染め始めた。

彼らはカウンターカルチャー(対抗文化)に心酔しており、ジェームズは自身をベジタリアンのイスラム戦士だと供述していた。

更に彼らは悪(魔女)を破壊すべきであるという考えも持ち始め、殺人にまで手を染めることとなった。

しかしジェームズは突如殺人の告白をする記者会見を行う

が、裁判の前になると彼らは自白を撤回し、無実を嘆願し始めたという。

最終的に彼らには3回の有罪判決が下され、50年から70年の懲役が命じられた。

現在ジェームズはカリフォルニア州のミュールクリーク州立刑務所に、スーザンは中央カリフォルニアの女性施設に投獄されている。

「私は悪魔の娘」と語るジェン。
「私は悪魔の娘」と語るジェン。(Daily Mail Online)

ジェームズの前妻との間に生まれた娘ジェン(Jenn)は「私がまだ小さな女の子だった時、父は自宅にこもっている父親でした」と話し、また彼女は父と前妻について「私の両親は十分な教育を受けており、知的でプロフェッショナルでした」とも述べている

彼女によると、父であるジェームズは20代の頃に豹変し、彼女の母は人々に注意を払うよう促したという。

離婚後、母と娘は彼の元から逃げ出して彼に見つからないようにひっそりと暮らしていたようだ。

なお、ジェームズが初めて逮捕された時、ジェンは10歳だったという。

現在ジェンは40代前半で思春期の子供を支援するカウンセラーとして働いているが、大抵は親が刑務所に送られている子供達を支援している。

「外傷性の傷のように、それはあなたを脆くするか、あるいはあなたを強くさせます」とジェンは話す。

ジェンは10代の頃に鬱病や摂食障害に苦しんでいたようだが、現在は克服しているという。

彼女は「(父が行った)殺人は私の人生を(悪い方向に)変えなかった。それは私の人生を形作っています」と話している。

ジェームズの娘、ジェンへのインタビュー。(Crime Watch Daily: Jenn Carson, Daughter of a Serial Killer, Speaks Out – Pt. 1)

父が犯した殺人は無罪であると考える娘

22人を殺害したミハイル。
22人を殺害したミハイル。(huffingtonpost)

ロシアの連続殺人犯ミハイル・ポプコフ(Mikhail Popkov)は最低でも22人の女性を殺害したとされる元警察官(1998年引退)の連続殺人犯である。

当局によると1992年から2000年までにミハイルは29人を殺害した疑いがあり、彼はバーやパーティーなどで酔った女性を連れ去って暴行し、最終的に殺害まで及んだという。

彼に襲われた1人の被害者は頭部および心臓が無かったそうだ。

彼の証言では「母親への復讐のために母親に似ている女性をターゲットに選んでいた」と供述している。

彼は他にも「売春街を浄化する」とも主張しており、彼がそのような言葉を発した理由には彼の母親が原因の一つだという。

1964年3月7日、彼はロシアで生まれたが、警察によると幼少期はアルコール依存症の母親から虐待を受けていた。

彼を担当した精神科医は「この事件は幼少期に泥酔した女性から虐待を受けたことにより、彼のその後の行動に大きな影響を与え、結果このような恐ろしい事件に繋がった」と話している。

彼は残虐性から狼男(werewolf)という名で呼ばれていたが、遺体が多く見つかった曜日が水曜日だったことから水曜日の殺人者(The Wednesday Murderer)とも呼ばれていた。

それから2012年6月23日、ウラジオストクで彼は逮捕される

警察は犯行現場であるアンガルスクにて発見された車種を運転した住民を中心にDNA捜査を行っており、引退者も含め3500人の警察官もサンプル摂取された。ミハイルもその内の1人であった。

そしてミハイルは22人の女性の殺害および2人の殺人未遂で有罪となり、2015年1月14日にはイルクーツク地方裁判所にて終身刑を宣告されている(ロシアには2015年現在、死刑制度が無い)。

彼は無罪であると考える妻と娘。
彼は無罪であると考える妻と娘。(siberiantimes)

証拠および自白で有罪となったミハイルだが、そんな彼を無罪だと主張する者がいる

それはミハイルの妻エレナ(Elena)と娘エカテリーナ(Ekaterina)である。

妻エレナは「もし何らかの疑いがあった場合には、私は彼と離婚するでしょう。しかし私は彼を信じ、彼をサポートしています」と話し、娘エカテリーナは「25年間ずっと共に歩んできた。バイクに乗るときも、学校に行くときも、買い物に行くときも、そして学校でも。私達は同じモデルカーを持っているし、同じ趣味も持っている」とミハイルは犯罪を起こすような人ではないと主張。

エレナはミハイルとの28年間で殺人者であるような兆候は一切なかったと話し、家庭ではむしろ安全であると感じていたことを強調して述べていた

エカテリーナは現在数学教師であるが、ミハイルの名を汚さないためにと犯罪学の勉強をしたいと考えている。

彼女は「どのように調査者が連続殺人者をつかまえるかのヒントが書かれた本を読んだ。その本では基本的な分類に『殺人者について』があった。パパはこの分類のうちのどれにも適合していない。彼は狂人のように見えない」と父を擁護する発言をしている。

有名作家を批判した連続殺人犯の娘

一見普通のおじさんのように見えるデニス。
一見普通のおじさんのように見えるデニス。(Wikipedia)

デニス・レイダー(Dennis Rader)は1974年から1991年の間にカンザス州にて10人を殺害した殺人犯である。

彼はBTKキラー(あるいはBTK絞殺者)と呼ばれ、拘束(Bind)拷問(Torture)殺害(Kill)による殺害を行っていたことで知られている。

他にも彼は時々犯行に関する手紙を警察や地元の新聞社に送りつけ、挑発行為も行っていた。

だがこの事件は長年捜査が進展しなかったため、2004年になるまではほぼ迷宮入りになると思われていた。

しかし、2004年に新たに彼からの手紙が届いた事で捜査に再びメスが入れられる。

事件から数十年が経った現在では科学捜査が事件当時と比べて遥かに進歩していたこともあり、その手紙から犯人に繋がる手がかりを入手することが出来た。

そして2005年2月25日、デニスはついに逮捕された

裁判では殺人事件の被害者ごとに終身刑を与えられ、10人を殺害したデニスには10回の連続した終身刑を宣告された(カンザス州には2015年現在、死刑制度が無い)。

なお、デニスには仮釈放を与えられたが、仮釈放の対象となるのは判決時の2005年から175年後の2180年になるとのこと。

デニスへのインタビュー。(Interview With Dennis Radar – BTK killer)

長き終身刑を命じられたデニスだが、彼には娘がいた。

娘の名はケリー・ローソン(Kerri Rawson)。

彼女は有名作家スティーブン・キング(Stephen Edwin King)を名指しで批判したことで知られている。

何故彼女は彼を批判したのか、それは彼が2014年に公開した作品(A Good Marriage)は今回の事件で触発されて制作したとする内容をスティーブン本人がインタビューで答えたためである。

この発言を聴いたケリーは大激怒し「馬鹿げてる!」とSNS上で発言。

後に彼女は発言を謝罪したものの、彼女は「彼は私の父と10人の犠牲者とその家族を利用している」と批判していた。

なお、ケリーは父デニスを憎んではおらず、逆に良い父親だったと話しているが「彼は本当に私達を愛していたのか、あるいは見せかけだったのか?」と疑問を投げかけていた。

金銭的な利益のために殺害を犯した母と息子

母サンテと息子ケニー。
母サンテと息子ケニー。(nytimes)

サンテ・カイムズ(Sante Kimes)およびケニー・カイムズ(Kenneth Kimes Jr.)は金銭的な利益を得るために3人を殺害した殺人犯である。

特にサンテは殺人以外にも詐欺や強盗や奴隷雇用、偽造などの犯罪を行い、それによって得た金銭を浪費しながら長きに渡って犯罪生活を送っていた。

共に犯罪を行った息子のケニーは1975年にサンテの夫ケネス(Kenneth)との間に生まれたが、ケネスは1994年に死亡している。

二人の殺人はケネスが死亡してから始まっており、その殺人はどれも金銭を得るために行われていた。

サンテへのインタビュー。Santé Kimes – The Kimes Foundation For The Wrongfully Convicted

2000年に彼らは逮捕されることとなったが、死刑制度のあるカリフォルニア州に送還されないことを目的としてケニーは裁判所にてインタビュワーを人質にする事件を起こしていた。

最終的にケニーはまだ公表されていなかったサンテの殺人を明らかにする事を条件に、死刑から終身刑に減刑するという司法取引を行った。

現在ケニーはカリフォルニア州のリチャード・J・ドノヴァン矯正施設に収監されているが、サンテは2014年5月19日にベッドフォードヒルズ女性矯正施設で死亡した。79歳だった。

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